東京高等裁判所 昭和41年(ツ)105号 判決 1967年6月30日
上告人(被告控訴人) 県欣子
右訴訟代理人弁護士 森田久造
被上告人(原告上告人) 加茂井増太郎
右当事者間の東京地方裁判所昭和四〇年(レ)第七五号土地所有権移転登記手続請求控訴事件について、同裁判所が昭和四一年四月七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の適法な上告の申立があった、よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人森田久造の上告理由一について。
原判決が認定した事実関係のもとにおいては、被上告人が、本件山林の売買契約締結当時、上告人に対する県左吉の親権がなくなっていたことを知らず、依然として左吉が上告人の親権者であると信じていたことについて被上告人に過失がなかったとした原判決の判断は正当として是認することができる。原判決が、その理由の別の個所で、左吉は上告人の親権者でなかったから、前記売買契約は左吉の無権代理行為であると判示していることは所論のとおりであるが、そのことは、上記無過失の判断をさまたげるものではなく、原判決の理由が前後一貫を欠くということも当らない。原判決には所論の違法はない。
同二について。
原判決は、被上告人が、県左吉と本件山林の売買契約を締結すると同時に、本件山林に杉や桧を植え、昭和二〇年三月には、本件山林と隣地との境界に榎一二〇本を植え、その後は、下草刈や間伐をして、右売買契約を締結した昭和一九年一二月三日以来現在にいたるまで本件山林を占有してきたとの事実を認定判示している。そして、右のように被上告人が本件山林の買主として本件山林を占有してきた以上、被上告人に所有の意思がないとする上告人の主張(それは、「本件山林の売買契約成立の事実は知らない」という陳述によって、消極的なかたちで提出されたにすぎない)は肯定することができないとしたのが原判決の趣旨であると理解することができる。所論は、原判決が叙上の認定判断をするについて本件山林の実地を検証しなかったことは違法であるもののように主張する。しかし、上告人が原審において検証の申出をした形跡はないのであるから、原裁判所としては検証を行うに由なかったものというべきであり、原裁判所が原判決挙示の証拠およびこれによって認めた事実によって、前記の認定判断をしたことを違法とするのは当らない。
同三について。
原判決の確定したところによると、本件山林はもと上告人の所有であり、上告人の名儀で所有権取得登記がされたものであるが、被上告人は、昭和一九年一二月三日から一〇年間本件山林を占有することにより、本件山林の所有権を時効によって取得したというのである。このように時効により不動産の所有権を取得した者は登記名義を有する原所有者に対し所有権移転登記手続請求権を有するものであるが、右登記請求権は、時効取得者をして、その所有権の取得を第三者に対抗するための要件を具備させ、権利取得を完全なものとするために時効取得者に付与される権利であるから、所有権が消滅しない以上、右登記請求権だけが独立して消滅時効にかかることはないのである。
所論は本件所有権移転登記請求権が時効によって消滅した旨の上告人の主張に対し原判決がなんの判断も示していないことを非難するものと解されるが、たとい上告人が第一審において提出した右主張を原審において維持しており、したがって原判決が右主張を事実の部に摘示せず、理由中でも右主張に対し判断をしなかったことが違法であることを免れないとしても、本件所有権移転登記請求権が消滅時効にかからないことさきに説明したとおりである以上、右違法は判決の結論に影響を及ぼす法令の違背には該当しないといわなければならない。論旨は採用することができない。
同四について。
所論売買代金受領証(甲第六号証)を含む原判決挙示の証拠によると、県左吉が上告人の親権者であると表示して被上告人との間で本件山林の売買契約を締結した旨の原判決の認定は是認できないものではない。右認定に関する論旨は原審が適法にした証拠の評価およびこれにもとづく事実の認定を非難するにすぎないものである。また、本件山林の売買契約は県左吉の無権代理行為というよりは「越権行為」であるから当然無効であるとの点は、原審において判断を経ていない事項にもとづいて原判決を非難するものであるから、論旨はその前提を欠く。論旨はすべて採用することができない。<以下省略>。
<以下省略>